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川上徹《終末》日記  新刊

時代の終わりと僕らの終わり

川上徹《終末》日記

二〇〇二年から二〇一四年まで書き記していた著者の日記と、その期間に発表されたエッセー、論考、書簡を時系列順に収録。

著者 川上 徹
ジャンル 社会
出版年月日 2017/11/15
ISBN 9784886838278
判型・ページ数 4-6・320ページ
定価 本体2,700円+税
在庫 在庫あり
 

目次

何が終わり、何が残されるのか ―川上徹《終末》日記に寄せて―   宮崎学

二〇〇二年
 八・二四  バンちゃんの短編読みました
 一一・一〇  三池写真展初日の一一月一〇日シンポでのボクの発言

二〇〇三年
 一・二五  六〇年代を生きた我々には
 一・三一 私の、「とりあえず」の問題意識
 二・一六 牧梶郎の「石原文学論」に触発されて考えたこと
 六・二三 日共新綱領=消えた言葉
 一〇・一七 共産党体験者たちの「拉致問題」
 一〇・二〇 NHK番組で特集「ネオコン」をやっていた
 一〇・二六 いま、拉致問題は政治的には行き詰まっている
 一一・三 《T・K生の時代と「いま」》
 一一・四 酔っている。「故郷」兎追いし……
 一二・一〇 日本共産党研究会参加。宮崎学と
 一二・一四~一五 コレコン合宿
 一二・一九 池明観先生からクリスマスカードあり
 一二・二七 いいだもも氏より『日本共産党はどこへ行く?』献本される
 一二・三〇 たまたまテレビで映画「座頭市物語」を見る
 一二・三一 E・M・フォスター「自由」には二種の意味がある

二〇〇四年
 一・一 人類Aと人類B
 一・二 「あしたのジョー」を読んで革命を考えた
 一・一七 日共党大会報告を読んだ
 一・一八 綿矢りさ『インストール』『蹴りたい背中』を読む
 一・一九 イラク派兵の責任の一端
 二・一 山田太一さんへのハガキ
 二・七 酒井啓子『イラク 戦争と占領』を読む
 二・一一 日共研究会。ボクの問題提起
 二・一三 「原之夫をしのぶ会」
 二・一五 西井一夫がいいことを言っている
 二・二〇 『あごら』誌の「誌上デモ」に参加
 二・二一 一本の映画・一編の詩
 二・二七 平和事務所二〇周年に寄せて
 三・一三 恵比寿で「グッバイ、レーニン!」を観た
 三・一四 「朝日」で長谷川如是閑の特集
 三・一七 ハンナ・アレント論――太田哲男君と
 三・一九 タシナ・渡辺一枝対談
 三・二四 ガザでハマスのヤシン師が殺害された
 四・一二 イラク人質事件
 四・二一 『アクト』に原稿を送る
 五・二四~二五 拉致家族の一部が小泉と一緒に帰ってきた
 五・二九 パレスチナ駐日代表の講演会を聞く
 六・一〇 釈弘元さんの原稿
 六・一九 「勇気というものは遺産と同じように…」
 九・一一 「終わりなきゲーム」の時代に
 一〇・二一 コレコン「綱領」(私案)を作成
 一二・二 『「彼女たち」の連合赤軍』はヒントになった
 一二・四 大菩薩がなければ自分もまた
 一二・二〇 「北」に対する「経済制裁」の声
 一二・三〇 謹賀新年
 
二〇〇五年
 五・二 《ブント》、《層としての学生運動》
 五・一四 「よど号」と「大菩薩」
 六・八 「キューバ円卓会議」
 八・二六~二七 コレコン合宿でレポートした
 一〇・二 幾つかの警句
 一〇・二二 「アナ・ボル」原稿ついにまとまる
 一〇・二三 「なんで今さらアナ・ボルなの?」
 一二・一〇 四茂野修著『甦れ! 労働組合』合評会での発言
 一二・一三 「濡れた子を傘にさそって落ち着かず」
 
二〇〇六年
 一・一三 先に逝った友よ、ごめん
 五・二九 森輝子さんは亡くなっていた

二〇〇七年
 一・三 正月の読書体験
 一・七 上原真さんへの手紙
 一〇・三〇 「星座」の中の古在由重

二〇〇九年
 一二・二六 樋口さん死去
 一二・二九 樋口篤三がこれほどの家族思いだとは
 一二・三〇 「八九年」とは何であったのか

二〇一〇年
 二・六 本日は樋口篤三を偲ぶ会
 二・一三 昨日、中国研究会
 二・二三 世紀末を記録せよ――
 三・一二 これからのテーマ、タイトル
 三・二二 チェンジの時代に〈驚く〉こと
 四・一四 天安門事件のとき、自分はそこにいた
 五・三 大窪との会話からのヒント
 五・五 塩見孝也さんへの「弔辞」
 五・七 IT時代は六八世代がつくった
 五・三一 葦牙ジャーナル巻頭言を書いた
 六・五 鳩山内閣が吹っ飛んだ
 六・一〇 菅内閣誕生。官僚によるクーデター説
 六・二一 左翼の墓碑銘を残さないといけない
 六・二二 風の中の政治家たち
 七・二二 「ハンシャ」? 
 七・二九 団塊の世代の犯罪性
 八・一四 「真の革命家であるかの基準…」
 八・一九 官僚階級温存のために
 八・二四 湯河原・敷島館
 九・一 民主党代表選——続「風の中の政治家たち」
 九・六 ルネッサンス研究所設立趣意書について
 九・七 宮崎学、大窪一志と相談
 九・一一 ラブリオーラ記念シンポにて
 一〇・一 強い意志
 一〇・九 「おもろ」+「萱」+「ふじ」雑談
 一〇・一二 脳幹と前頭葉
 一二・一一 現代の浪士はいずこに
 一二・一二 社会の危機と左翼の責任
 一二・一七 「全体」を書ける人がいなくなった
 一二・二六 「孤族」ということ

二〇一一年
 一・一〇 恐ろしき結論
 一・一六 人民党から共産党への移行と逆行
 二・七 樋口篤三さんと松崎明さん
 三・一一 東北関東大震災三・一一午後二時過ぎ発生
 三・一四 原発が炉心溶融している
 三・一五 予測可能性の範囲外の時代
 三・一九 一変するという予感
 三・二〇 基盤の喪失
 三・二三 NHKニュース報道を見つつ
 三・二七 安斉育郎『家族で語る食卓の放射能汚染』
 四・四 総漂流状態の「政」「官」「メディア」
 四・一一 震災一ヵ月。原発未だ先見えず
 四・二〇 人災(ヒューマン・エラー)
 四・二五 立命館の鈴木元さんから
 四・三〇 ルネ研における近代化議論
 五・一五 「三・一一」は何を終わらせたのか
 五・一八 世界の危機
 六・一 八〇年代――辻井と宮崎
 六・五 アナーキズムの再生
 七・八 樋口遺稿集見本出来の日に
 七・一四 一八七一年マルクス『フランスの内乱』
 八・二 墓碑銘―左翼も右翼も墓碑銘は必要である
 八・四 「みんな他力依存なんです…」
 八・二〇 沖縄とアイヌ
 九・一九 さようなら原発集会
 一〇・一七 右翼について(大窪一志)
 一〇・二二 なぜぼくはプルードンに関心をもつか
 一〇・二四 煙幕のメディア
 一一・一〇 三・一一は世紀を画するほどの巨大な歴史的な転換点
 一一・一五 沖縄と福島、さらには震災を被った三陸の民衆
 一二・五 痩我慢の精神
 一二・一二 辻井喬さんと

二〇一二年
 三・一二 太田昌国さんへ『「拉致」異論』の感想文
 三・一三 暴対法改訂にひそむ危険
 三・一五 暴対法改正反対講演会から
 三・一七 大和田幸治さんが亡くなった
 八・二六 深井純一 最終講義の核心と自伝エッセーについて

二〇一四年 川上徹・大窪一志往復書簡から川上徹の書簡
 八・二三 ガラちゃん、しばらく
 八・三一 問題状況はあまりに多岐にわたると思ってます
 九・九 戦後「七〇年」の問題性
 九・二九 「回り舞台」は回ってしまったのか
 一一・一三 「時代経験」として〈いま〉を語れるために
 一二・八 川上徹の最後の手紙

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内容説明

藤田省三さんは言った――
「人類は滅んでいく。キミのやることは世紀末のルポルタージュ、それを書くことだ」(〇九・一二・三〇記)
二〇〇二年から二〇一四年まで書き記していた著者の日記と、その期間に発表されたエッセー、論考、書簡を時系列順に収録。


宮崎学による寄稿「何が終わり、何が残されるのか」収録
"この〈終末〉日記を読むと、川上さんが、左翼が「どこでまちがったのか」、左翼の「何を継いでもらわねばならないか」ということを時代状況との関連で考えていることがわかる。そして、それは私自身の時代状況認識と多くの点で重なる。重なるのは当たり前で、この日記がカバーしている時期、川上さんと私は、時代状況について、何度もくりかえし語り合ってきたのだ。特に、それは川上さんが企画してくれた私の『続・突破者』をまとめていく過程で、濃密にかわされたのであった。”

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