『石原吉郎評論集 海を流れる河』

●『朝日新聞』2000年7月30日読書欄
 敗戦後、約八年ものあいだシベリアの強制収容所に抑留されていた詩人の声。無感動な日々への適応が、人間としての堕落に直結していたとする認識に立って、彼は詩の根幹に「失語の一歩手前でふみとどまろうとする意思」を、つまりは沈黙を見出した。
(堀江敏幸・明大助教授/仏文学)



●『朝日新聞』2000年8月2日 文化総合欄
沈黙の詩人 石原吉郎〜 言語の荒野に光放つ異質さ

 言葉が限りなくあふれる時代だからかろうか。<沈黙を語るため>に詩を書いた詩人石原吉郎(1919〜1977)が静かに関心を集めている。今年初めの『石原吉郎「昭和」の旅』(作品社)。関東軍情報機関でロシア語通訳をしていた旧満州(中国東北部)時代から、シベリアの過酷な収容所にいた八年間、帰国から自滅するような最期までの軌跡を、貴重な聞き書きなどでたどる。

 著者の多田茂治氏(七二)は、詩人の心の深部に慎重に錘を垂らしていく。
 「飢えや厳しい強制労働以上に、石原を苦しめたのは仲間たちのせめぎあいだった。一つの飯ごうの中身を二人で分け合う相手が最大の敵になる。密告や裏切りなど、生きるために自分の醜悪さ、恥部をむきだしにしなければならなかった記憶が心の傷となった」

 「おれも一番苦しいときは、人を売ったからな」と友人にもらした石原は、「人間」であり続けようとした戦友鹿野武一を畏敬し、加害と被害とを根源的に問い直そうとした。大量殺戮の中のひとりの死を掘り起こすことを訴えた。「ナチスのユダヤ人収容所とスターリンのラゲーリ。二つに代表される強制収容所は二十世紀の負の遺産。もっと知ってほしい」と多田氏。

 「私のおじは、シベリア抑留時代について今も決して語らない」。詩人の城戸朱理氏(四一)は、石原ら、シベリア抑留体験詩人に感心をもつ。携帯電話、パソコンのEメール、おびただしく言葉が飛び交う現在だからこそ、彼らの異質さが光を放つと考えるのだ。

 野村喜和夫氏と編集した『戦後名詩選一』(思潮社)は、生年順に石原から始まる。「彼が冒頭にきたとき、その存在意味を踏まえて、これでいいと思った。今、理由がわからないことが次々起こる。言葉にする試みや力が衰えているからだ。言葉そのものが、大事にされていない。そんな時代にあって、語り得ない体験を言葉にどう刻むか苦しんだ石原の、絶望や断念の深さの意味は大きい」と城戸氏。もう一人の編集者野村氏は、「今日、情報の沃野は言語の荒野である」と解説で表現している。

 『望郷と海』以外、石原の評論は入手しにくい。このため、七月に出た『石原吉郎評論
集 海を流れる河』(同時代社、太田哲男解説)は、同名の評論集などから再編集した。

 退屈な日常、容赦なく進行する<平均化>、そこから逃れようとして起こる突然の暴力。豊かさと自由が対極なのに、石原の収容所は現代と似通う。私たち自身がのがれがたく日常だという詩人の『逃げるな、負えるものはすべて負ってその位置へうずくまれ』との言葉は、重い。(編集委員・由里幸子)

●『読売新聞』2000年9月11日読書欄
 朝の通勤電車は、「人間的な」という言葉からかけ離れた存在だ。しかし、私も乗客である以上、他者に乗るなとは言えまい。
 敗戦後のシベリア抑留体験を戦後史の中で掘り下げた詩人石原吉郎。彼は、座席めがけて我先に走る人々の中に、強制収容所の風景を透かして見た。両者に通底するのは、互いの生命や幸福をお貸しあわずには生きられない人間の姿だった。
 自らもまた加害者たり得るのだから、どのような社会的問題に対しても「告発の姿勢」や「被害者意識」は持たないと主張する石原の哲学が生み出される。
 『断念の海から』など、入手困難だった三冊の評論集を再編集した本書に頻出する収容所体験を読んでいると、何かを容易に断罪することの怖さを感じずにはいられない。同時に、本当に怒りを覚えたとき、“敵”をどこに見出せばよいのかという疑問も浮かぶ。現代人にとって、いまだ傾聴に値する値をはらんだ評論集だ。(市)