『よみがえった古民家』を出版して本当によかった。出版後いろんな反響がありました。私の住んでいる所(長野県・諏訪市)の地域紙「長野日報」と「諏訪市民新聞」が、いろいろな角度からこの本と私の仕事のことをとりあげて紹介してくれました。また、手紙も沢山いただきました。
手紙のなかには、新聞報道の影響もあってか、わが古民家を譲りたいという申し出が10件を数えました。譲り受けたい、建ててほしいという人も2件。古民家の維持の難しさを訴えた手紙もありました。「古屋」に手を入れて保存することにしたと言って写真と小冊子を贈ってくれた方も。そして一番多かったのは、「あと五年早くこの本を見ていれば、自分の古屋を壊さなくて済んだものを」という声でした。太い梁や柱を思い、くやしい思いをしていると繰り返し訴えておられました。私は胸をしめつけられる思いで読みました。
私にとって意外だったのは、おそらく近代的なコンクリート建築と思われる「○○ハウス」と呼ばれるような新築の住宅に居られる方からの便りでした。「古い木の家のことが思い出されてせつない」と言うのです。やはり数千年の木の文化は、深く日本人の心に根づいていて、本当は木のぬくもりのある家に住みたいのだ、と思いました。
私たちの仕事を一緒にやった職人チームについてふれた便りもありました。板金の成田さんは、今年74歳ですが、今も現役です。きちっと屋根の上で仕事をしています。彼は、13歳の年から弟子入りして以来60年間、仕事一筋でやってきました。その人柄や誠実な仕事ぶりを知る人々が、私の本の最後の一頁を飾った職人チームの中に、哲人の風ぼうをもつ成田さんを見つけ、喜びを書き送ってくれたのです。鉄平石貼付屋さんの河西さんの技を誉めた便りもありました。左官屋さんを含めこれらの仕事をこなす職人たちの仕事は、残念ながら、この日本では「絶滅の危機」にあります。日本の住文化の一環をささえてきた職人集団への共感と、その「手」が失われていくことに危惧の念を抱く人々は少なくありません。
最後に、古民家の保持、保存、再生などの費用についてひと言ふれてみます。これには巨額の資金が必要ですので、新材を「刻む」手間(人々)と古材を「解体」する手間を一致させるように努力してきました。そうすれば、材の費用だけ「浮く」ことになります。この点はまたいつか少し詳しく話してみたいと思います。
敬具