午前5時、枕もとの目覚まし時計が鳴る。スポーツ紙も含めて朝刊七紙に目を通し、テレビの映像も追う。NHKの7時のニュースをにらんで、やおらワープロに向かう。毎朝そんな生活を続けて、いつの間にか12年目になった。〈よみうり寸評〉という夕刊一面のコラムを書くことが私の仕事である。
新聞記者の仲間はほとんどが夜型人間だ。もとより、わたしも人後に落ちない夜型男だったが、この仕事を受け持ってからは朝型に変わった。それ以前、仲間と酒を飲んで夜明かしはしても、午前5時起床などということとは全く無縁だったのだが、今ではそれがライフスタイルになって久しい。
夕刊を読者に読んでいただくのは、大方が夕食の前後というところだろうが、書く方は、午前中の最初の締切りに間に合わせるために早起きが必須条件になるからだ。
初めはつらかった。とりわけ冬場の早朝は暗く厳しい。夏なら、一家のだれよりも早く雨戸を開け、さわやかな空気を吸い込むのもいい。朝顔の開花を数えるのも楽しみだ。メダカにえさをあたえるのも慰めになる。冬にはそのどれもがない。
初めはつらかった、と書いたが、12年になる今だってまだ楽にはならない。早起きをするからといって、そう早く寝るというわけにもいかないからだ。ついつい深夜までテレビのニュースなどを追ってしまう。
それでもやめたいと思ったことはない。ほかに取り柄がないこともあろうが、この仕事がいやではないからだろう。
さて、コラムを書くことは、いやではないし、長いこと書き続けてもきたが、コラムとは何かと問われると、いまだにうまくは説明ができない。
〈よみうり寸評〉の前任者は、現日本エッセイスト・クラブ理事長の村尾清一さん。この大先輩は「コラムは、すしだよ」と実にうまいことを言った。その日その日の新鮮なネタが生命で、それにワサビをきかせて握ってみせる。きっとそんなことだろう。かっこいい教えだと思う。村尾先輩は、すし職人の名人芸をみせてくれた人である。
だが、不器用な後輩は、なかなかうまくは握れない。で、せめて「コラムは、その日ぐらし」などと半ば自嘲しながら、その日を送ってきた。名すし職人の芸は持ち合わせていないが、とにかく律儀に毎朝、早起きしてその日その日のネタを決める。心の備えはしても、決して前日には書かない。できるだけ新しいニュースと向き合うことを、自らのルールとしたのだった。
「その日ぐらし」は英語では「Hand to mouth existence」という。手から口へ、その日、手に入れた食べ物をすぐ口に運ぶ貧乏ぐらしということだ。コラムの材料に困る日々は、まさに「その日ぐらし」が実感でもある。
ネタのないのも困るが、大ニュースが何本も一度にやってくるというのにも当惑する。適当な材料がない日が続くかと思うと、大ニュースが団体でやって来るケースが少なくない。順番で来てくれといいたくもなる。一度書き上げた後に、でっかい事件が報じられて差し替えを強いられることもある。
「地下鉄サリン事件」がそうだった。あれは飛び石連休の谷間の月曜日に発生した。前日は日曜で、とりたてて書かなければならない材料のない朝だった。やむなく、のんびりと競馬の話題をその日の〈寸評〉に仕立て上げたところへ、いつもつけっ放しにしているかたわらのテレビが、そのニュースを告げるではないか。
ばたばたと通勤途中の人が倒れ、救急車が走り回っている。だが、何が起きているのか分からない。とんでもない大事件らしい、差し替えなければと気は焦る。警視庁が比較的早く「サリン」らしいと方向づけてくれたので、何とか書けた。
阪神大震災、ペルーの日本大使公邸人質事件の突入・解決にしても、早朝から全容がつかめないまま、同時進行で書かなければならなかったことを思い出す。
サダム・フセインの湾岸戦争のときは、事態の推移ごとに差し替えたこともある。ゴルバチョフのソ連が揺らいだ日は4日連続で書いた。
そんな日は「その日ぐらし」どころではない。「その日その日の綱渡り」のようなものだった。
一方、いわゆる閑ダネと称する材料でしのぐ日も少なくない。季節や街の話題、食べ物の話などに思いをこめると、読者の方々から共感していただくことがある。お叱りも少なくはないし、見当違いな紙つぶてを投げかけられることもあるが、読者あっての〈寸評〉である。
この夏は「カラスの恩返し」を書いて、随分多くの読者から反響をいただいた。東京・北区に住む老夫妻が自宅4階のベランダの鉢植えの中に卵がおかれているのを見つけた。いつも食事の残りのうどんやらおかゆやらをそのベランダに出しておくと、カラスが飛んできて食べていく。卵はそのカラスが運んできたもので「カラスの恩返し」だろうと夫妻で笑い合ったという話だ。
えさを運んで、どこかに貯めるというカラスの貯食という性質を考えれば、何の不思議もない。だが、それを「恩返し」と考えた夫妻の心にほのぼのとしたものを感じて、コラムの話題にした。
すると、翌日から、読者の方々から「家でも」......というお便りや電話が引きも切らずだった。カラスといえば、悪役で登場することが多いはずだが、この反響はそうではなかった。
いやなニュースの多い毎日、読者はメールヒェンを待っているのかも知れない。