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お知らせ(2013年01月)

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『白鳥事件 偽りの冤罪』刊行後、読者より熱いご感想・書評が届いています。
ここにその一部をご紹介します。


●著者への手紙―『白鳥事件 偽りの冤罪』を読んで

渡部富哉様
  年末、年始にかけて雑用が多くて少し時間がかかりましたが、18日にやっと昨年暮れにご恵与賜りました『白鳥事件 偽りの冤罪』(同時代社)を読み終えました。
  私の読後感は、文句なしに面白いと思います。本の構成、ストーリーの立て方も、先にお出しになった『偽りの烙印』(五月書房)以来の、渡部流とでもいうのでしょうか、独自の体裁(論の進め方)にますます磨きがかかったものになっているように感じました。
そして私の興味を特に強く引き付けたのは、白鳥事件の詳細な調査、分析、論証(従来定説化していた松本清張の「冤罪」説への徹底した反論)もさることながら、随所に出てくる1951年以後の日本共産党の非合法「武闘路線」への傾斜(朝鮮戦争勃発以後の国際的、国内的な動向から強いられたものであったにしろ)と、そのために人生を狂わされた多くの真面目な活動家たちのその後の人生模様への著者の共感にありました。党の「無謬神話」を守らんがために彼ら生真面目に運動に邁進した同志や仲間を無残に切り捨て、一切を党とは無関係の、一部妄動分子の起こした軽挙として片付けて、今日に至るまでその誤りを認めようとせず、総括をないがしろにしてきた日本共産党への渡部さんの満身の怒りと弾劾の気持ちに私も強く同感しながら読みました。
  1951年8月21日の日本共産党第20回中央委員会での新綱領(51年綱領)と軍事方針の採択、同年10月16~17日の第5回全国協議会(5全協)における新綱領の採択と武装闘争方針の決定以来、多くの犠牲者を出しながら推し進められた運動路線が、1955年7月25~29日に開かれた日本共産党第6回全国協議会(6全協)をさかいにして、一片の自己批判も総括もなく、全ては傍系の極左分子によって引き起こされた間違いだったとして、また党本部とは無関係な運動方針だったとして(「軍事方針はなかったことにする」)、その路線に従事した者をも含めて一方的に断罪、排除される(除名処分など)。こういうやり方の中で党の空疎な「純粋性」、一貫して大衆の味方であるという見せかけ(「神話」)をつくりだし、ちゃっかりと「公認された、選挙の党」に衣装替えをする、この身代わりの速さ、無責任さにあきれ果てるとともに、間違った路線を歩まされたとはいえ、村上国治をはじめとする多くの献身的な活動家のその後の痛ましい生き様に心打たれます。
  唯一六全協方針に反対した椎野悦朗さんの言葉(「党史は財産だけでなく負債も受け継がなければ教訓にならない」)ではありませんが、運動は過去の自己の間違いを真摯に認め、それを貴重な体験として総括しながらでなければ決して未来につながるものとはなりえない、ということをこの本はよく教えてくれていると思います。その意味では、やはり第6章が「白眉」だったと思いました。
  更に付け加えるなら、松本清張が『日本の黒い霧』の中でこの事件を権力側のでっちあげとして弾劾し、日本共産党及びその関係者に対する「冤罪」であるとして非難したこと、そのことによって結果的には代々木の「無謬神話」の擁護者となったこと、これはかつてゾルゲ事件で伊藤律に濡れ衣を着せて「現代のユダ」として葬り去ろうとしたやり口と同じではないのか…。このような定説の誤りを、現場調査や資料調査(膨大な裁判記録など)、聞き取り調査を重ねて丁寧に解きほぐし、暴き、そして反証することは、著者渡部さんの真骨頂であり、この本のもう一つの大きな「見せ場」であることはいうまでもありません。
権威に決しておもねることなく、あくまで自分の信念と事実関係を追いかける渡部さんの情熱と心意気には、ただただ敬服いたします。ここで書かれていることは、決して単なる過去の出来事として見過ごされるべきことではなく、すぐれて今日的な問題としてわれわれが記憶にとどめて考え続けていかねばならない貴重な経験であろうと思います。


●『白鳥事件 偽りの冤罪』の新しい視点と論点

 2012年12月28日、同時代社から渡部富哉著「白鳥事件 偽りの冤罪」が刊行された。白鳥事件60周年の節目の年にこのような本が刊行された意義は重要であろう。日本共産党の衰退と共に、白鳥事件はじめその当時に世間を騒がせた事件は人々の記憶から消え去ろうとしている。そういう意味でも、この本は当時の時代の記憶を蘇えさせるし、事件やあの時代から何を学ばなければならないのかを考える手立てとしても重要である。80歳を過ぎてこのような作品を著す渡部富哉という人物に改めて敬意を表したい。老骨に鞭打つ作業というよりは、これまでの渡部さんの生き様と信念、情熱などを著す作品としても後世に語り継がれる作品となることは間違いないであろう。この本についての紹介は簡単ではないが、わたしなりに読んだ感想を記したい。
まず本の構成が巧みである。わたしの極身近でも、白鳥事件救援活動を闘う中で党に接近し、今もって白鳥事件は冤罪だと信じている人が少なくない。そのような人達は、あの事件は冤罪ではない、といくら言っても耳を貸そうとしない。それに対しては、序章の「村上国治を死においやったもの」がぐっと読者をひきつける。何故国治は死ななければならなかったのか。そこに、白鳥事件の謎と闇を解く鍵がある。
 白鳥事件は1952年1月21日に発生している。1945年、日本は敗戦によりアメリカによる全面占領の状態におかれた。国土の多くは焼け野原となり、国民の多くは飢餓と物資の不足に喘いでいた。戦後間もなく、占領軍による解放令で政治犯は釈放され、日本共産党の再建運動も活発となった。国民の多くはこの共産党の活動に期待した。ところが、第二次世界大戦が終わると同時に、世界はアメリカとソヴィエトに代表される冷戦時代へと突入し、アメリカは日本の位置付けを変えざるを得なくなった。1951年9月、日本はアメリカと単独でサンフランシスコ平和条約と日米安保条約を締結したものの、1950年6月には朝鮮戦争が勃発していて、世界情勢は第三次世界大戦間近かと思わせる緊迫した情勢となっていた。アメリカは日本をソヴィエトに対する不沈空母という位置付けのもと、戦後間もなくとってきた方針を次々と転換させる。1950年6月、マッカーサーは徳田球一はじめ日本共産党中央委員を公職追放し、機関紙「アカハタ」を無期限発行停止とする。そして共産党員やシンパを職場から追放した。こうして日本共産党は公然化された活動と非公然の活動(いわゆる表と裏の活動)を余儀なくさせられた。1950年8月、警察予備隊が発足し、戦犯や旧軍人が追放を解除されていった。こういった緊迫した世界情勢と日本情勢のもとに白鳥事件は発生したのである。渡部さんが、村上国治や真犯人とされる佐藤博を偲んで、それは自分であったかもしれない、と回顧するのは頷けるのである。確かに、白鳥事件は当時の日本共産党が武力革命路線を歩み、中核自衛隊員による跳ね上がり的な犯行であったかもしれないが、当時忠実に日本革命を目指し活動していた者にすれば、「やっぱり」という心境でもあったのである。
 この本の新しい視点と論点は存在する二つの「天誅ビラ」であろう。「天誅ビラ」には「下る」と「降る」の2種類が存在したことに注目したのは渡部さんが初めてである。これは渡部さんが、裁判記録を整理している時に発見したものであるが、誰一人としてこの2種類のビラの重要性には気付かなかった。事件後、村上国治は「天誅」ビラの印刷を「機関紙共同印刷」に依頼し、その校正を高安さんに命じた。校正の時点で高安さんは「下る」ビラにミスをみつけることは出来なかった。ところが、もう一つの「降る」ビラには明らかに印刷ミスがある。当時、事件を報じる北海道新聞や、後の警察庁警備局発行の「回想」には、「天誅下る」と「天誅降る」ビラの2種類が、一つは写真で一つは文中に現れている。このビラについては、存在そのものの発見を確認できたのが極最近のことであり、活字や印刷所を特定する研究が不十分であるために、渡部さんが、このビラは当時の権力が共産党を壊滅させるために仕組んだ謀略である。白鳥事件は権力の側が共産党の動きを充分に掌握した上で「やらせたのだ」という推論を活かしきれていない感は否めないが、わたしは非常に重要な視点であり、新しい論点であろうと思う。この渡部さんの推論を巡ってはわたしの極身近な人達の間でも激論が闘わされた。わたしは昨年から、古参党員からの「聞き取り調査」を始めているが、この方は1952年7月、旭川における「火炎瓶事件」で逮捕された経験を持つ方だが、この方の証言によれば、当時においては、権力の側の情報収集能力の高さは大変なもので、共産党の活動などは、権力の掌中にあったと言っても過言ではないとのことである。権力の側はあらゆる部署にスパイを放って情報を得ていたのである。これは事実である。この点からすれば、渡部さんの推論が全く的外れのものとも思われない。今後この方面での研究が進めば、白鳥事件の真相の違う側面も明らかになるのではないかと思われる。
  第4章「佐藤博の果てしない逃亡の旅路」も圧巻である。佐藤博は事件後、河田とか山下とかと名前を変えて、炭鉱や漁場の飯場を転々とする。佐藤博が海軍の特攻部隊「震洋」の生き残りであり、ボルネオ島で拳銃を打ち合っていた経歴などは、白鳥事件で警部を自転車で追いかけながら銃を発射するなどはプロの仕業で、共産党員などはそのようなことは不可能だとの説を覆す証左となろう。佐藤博が飯場の同僚に語ったという言葉には涙した。「可愛いかかあが口頭結核にかかった時も金がなく、診せた時は手遅れだった。それが入党の動機よ」。これは当時、虐げられていた人間に共通する心情だろう。こうして、渡部さんは、人間佐藤博の心情に寄り添い、事件の真相に人間的な側面から迫るのである。事件の真犯人とは言え、名前を変えての果てしない逃亡は、佐藤博に人間としての極限を体験させた筈である。

 裁判記録を丹念に読み込むことで、わたし達は事件の真相へと迫ることが可能となる。この裁判記録を克明に読み込むという作業がどれ程の忍耐を要求するものか。とうてい凡人がなし得る仕事ではない。
 この本は、日本的な推理作家として名をなした松本清張の杜撰さをも指摘している。清張が日本共産党籍を持ったことも初めて知った事実であるが、共産党にとって都合の良い部分だけを継ぎはぎしての推理がいかに出鱈目なものであるか。高安さんを、ユダよばわりしたことや伊藤律スパイ説を垂れ流した罪は重いと感じる。清張の仕事に反撃することは、歴史の真実を明らかにする上でも避けて通れない課題ではないだろうか。

 終章、3の「椎野悦朗の痛苦なる反省」では、日本共産党の衰退の原因が何処にあるのかを抉るものだ。六全協で、共産党は「軍事はなかったことにする」とのもと、極左冒険主義の自己批判はせず、忠実に方針に従った者を情け容赦なく切り捨てた。椎野悦朗はこれに対して、「革命には誤りはつきものだ。財産だけではなく負債も受け継がなければ教訓にならない」と言って反対した。方針に従って白鳥警部を射殺した者、火炎瓶を投げた者、山村工作隊員として活動した者、こういった革命の犠牲者にどうやってお詫びをするのか。椎野の痛苦なる反省は日本共産党には受け入れなれなかった。ここに現在の日本共産党の衰退の大きな原因がある。村上国治は何故焼死しなければならなかったのか!誤りを誤りとして認める勇気と誠実さが日本共産党には欠如している。
「白鳥事件 偽りの冤罪」は、単に真犯人を暴いて攻撃しているのではない。この本からは革命に命をかけた渡部さんの想いが伝わってくる。「偽りの烙印」「生還者の証言」その他、諸々の著作は、渡部さんの生き様そのものである。この本は、「不都合な真実」によって消された者達への鎮魂の書でもある。

 

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時代に対する批判精神が急速に衰えてしまったようなメディアのなかで、斎藤貴男さんは格差社会や監視社会、教育問題、消費税問題など歯に衣着せぬ率直な方法でこの趨勢に戦いを挑んでいるように思います。

小社でも『人間選別工場』『カナリアが沈黙するまえに』『消費税増税「乱」は終わらない』(植草一秀さんとの共著)を上梓されました。
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図書新聞2013年1月19日号に『朝日新聞の危機と「調査報道」』の書評が掲載されました。

評者は木村朗氏(鹿児島大学教員、平和学専攻)。

〔「調査報道」の原点に戻ることの大切さを実例を通して訴えた提言集 ジャーナリストばかりでなく一般市民にとっても必読の書〕

こちらからご覧いただけます。

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