『「強い経済」の正体』書評(金子文夫 横浜市立大学名誉教授)

日本経済の再生に向け、新たな提案

                       金子文夫(横浜市立大学名誉教授)

 

 経済分析研究会事務局長の蜂谷隆氏が新著『「強い経済」の正体―中間層再生への道を探る』(同時代社、1500円)を刊行した。書店に行くと、日本経済、アベノミクスを論評したたくさんの本を目にするが、どうも理屈っぽかったり、やたらにデータを並べ立てたり、あるいは極端に単純化した議論をしたりといった具合で、ちょうどよい本は意外にみつからない。そういうなかで本書は、ジャーナリストとしての蜂谷氏の持ち味がよく発揮された読みやすくバランスのとれた本に仕上がっている。

 本書は、まずアベノミクスの目指す「強い経済」、経済成長指向に無理があること、低成長の現実を認めなければならないことを指摘する。そのうえで日銀の異次元金融緩和政策が現実に失敗していながらも、それを認めない日銀当局は「往生際が悪い」と述べる。特に日銀の主流となったリフレ派の人たちの単純な理論に誤りがあったことを明確に批判している。リフレ派の過去の言説との不一致に対する指摘は痛快である。また、政府が日銀から無制限に資金を調達する提案、「ヘリコプターマネー」政策にも疑問を呈している。

 このあたりまでは、すでに多くの議論がある。ここから先が本書のメリットだと思う。本書の後半に入り、アベノミクスの目標とされる「デフレ脱却」は、日本経済にとって最重要課題なのか、という問題提起がなされる。1990年代以降の日本経済には、経済の成熟化、製造業の海外移転、生産性の低いサービス業へのシフト、生産年齢人口の減少など、長期的・構造的問題が存在するのであって、金融政策で「デフレ脱却」を求めてもそれは的外れであることを説得力ある筆致で論述する。

 

中間層の底上げを提言

 問題は消費の停滞、実質賃金の低下であって、その根底には中間層の低所得化、特に若者の貧困化があると述べる。

 このように現状を分析したうえで、それではどのような対策をとればよいのか、日本経済再生のための提案が提起される。この部分が最も新鮮に読めたところだった。カギは中間層の再生にあるとして、まず「共働き」支援への家族政策の転換、東京一極集中の是正が提案される。

 

 そのうえで現役世代の中間層底上げ策として三つの手段があげられる。第一は賃金アップ、最低賃金の引上げである。第二は非正規労働者の処遇改善、格差是正である。これは安倍政権も着手せざるをえなくなった点であり、その成否はともかく必要な手段であることは間違いない。第三が支出面での支援策であり、ここが目新しい。現役世代のライフステージに合わせて、負担になっている支出項目をみると、若者世代では住居費、中高年では教育費の比重が大きいことがわかる。そこで住宅政策としては、持ち家優遇から借家優遇への転換が推奨される。公営住宅の供給、民間空き家の活用、低所得層への家賃補助などが考えられる。

 教育費については、就学前教育の無償化と大学無償化が提案される。その際、保育園は厚労省、幼稚園は文科省という役所の管轄区分を解消し、文科省のもとの幼児教育機関に位置づけるとする。就学前教育の経済的・教育的効果については欧米で理解が進んでおり、それを日本にも取り入れるべきだという主張である。大学無償化の意義も大きい。

 問題は財源である。就学前教育と大学教育の無償化で3兆7000億円必要という。それに対しては増税をせざるをえない。しかし、増税の手法について、選別主義でなく普遍主義という井手英策氏の主張が取り上げられながら、その丁寧な説明がない。このあたりにやや不満が残る。

 以上、本書の概略を紹介してきた。改めて本書のメリットをまとめると、第一に、バランスのとれた説得力のある分析、第二に、議論の根拠を示す適切なグラフの提示、第三に、具体策に踏み込んだ改革提案といったところになろう。多くの人に一読を勧めたい。

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