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『大日本帝国植民地下の琉球沖縄と台湾』著者・又吉盛清氏のコラム「東京新聞」に掲載

「東京新聞」(2018年1月12日付)に、『大日本帝国植民地下の琉球沖縄と台湾』著者・又吉盛清氏のコラム「沖縄から」が掲載されました。

復帰は新たな「琉球処分」
「一九七二年五月十五日、当時の佐藤栄作首相は、東京で開催された沖縄返還式典で「外交交渉で領土が回復したことは史上、稀なこと」と自画自賛した。
 同じ日、屋良朝苗沖縄県知事は、「復帰の内容は、県民の願望が入れられたとはいえない。これも事実」と述べた。屋良知事はこの時、沖縄問題は日本復帰によっても終わらないことを証言したのである。
 沖縄県祖国復帰協議会はその三日後、「沖縄処分抗議・佐藤内閣打倒、五・一八県民総決起大会」を開催した。会場は、日本国家による新たな「琉球処分」が強行されたとして、怒りと抗議に満ちたものになった。多くの県民は、復帰を機に、沖縄には日米両国が関与するようになり、それまでより数倍も困難な状況に置かれるとの懸念を強くしていた。屋良知事と同様、改めて沖縄問題が始まったのだと覚悟を固めた。
 その通り沖縄は、米国による全面的な軍事占領支配は終わったものの、米軍基地の拡大を受忍させられ、負担は何一つ軽減されないまま。まさに、日米合作による新たな沖縄切り捨て、琉球処分の再来になった。
 思い起こせば沖縄返還前、筆者は大学進学を前に、米軍の傀儡(かい/らい)政権だった琉球政府に見切りをつけていた。そして、当時多くの沖縄人がそうだったように、「母国」に自由を求め、救援を期待し、留学生として琉球政府発給のパスポートを持って本土に入国した。その後、東京には十二年住んだが、沖縄返還によって引き揚げることを決意する。
 沖縄が日本復帰を切望したのは、平和に生きる権利を手に入れること、自立の道を求めることができると考えたからだ。しかし、その希望は裏切られた。その上は沖縄に戻り、沖縄人として取り組むべき課題を果たそうと思った。
 引き揚げ後、筆者は沖縄と関わる東アジア地域の研究調査に入った。大日本帝国による台湾植民地支配の実態と、近代以来の琉球沖縄との関係性を明らかにしたいとの欲求による。
 それは琉球沖縄人が、日本による植民地支配の被害者から、台湾支配の加害者に転落した歴史的な転換を知ることでもあった。それなくしては、東アジアにおける沖縄の未来を展望できないのではないかと考えた。
 沖縄は、台湾、中国、韓国朝鮮など、東アジアとの平和的交流と連携の中でこそ、振興と活性化を図るべきだと痛切に感じていたのである。
 琉球沖縄、台湾、東アジアに関わる日本の侵略戦争と植民地支配の実態は、今月上梓(じょう/し)した拙著「大日本帝国植民地下の琉球沖縄と台湾」(同時代社)で解明している。」

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著者:又吉 盛清
 
 

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