日本一小さな公園

鎌奥哲男(鳩ヶ谷にトンボ公園をつくる会代表幹事・自由業)

 

 「この公園で胸をはって自慢できるもがあるとすれば、日本一」

 ここでひと息いれたあと、小さな声で、

 「小さいことです」

 というと、マイクロバスで見学に訪れた人たちのあいだから笑い声がおきた。

 「待って下さいよ、もう一つあります。それは、大勢の市民が力をあわせてつくったことです」

 おどけた仕草で胸をぽんとたたいて説明を終えると、今度は拍手がわいた。

 ここは私たちの町・埼玉県鳩ヶ谷市にある「トンボ公園」である。広さは900平方メートルとちょっとだ。

 昔はこのあたりは秋になると黄金色の稲穂が波うっていた。鳥や昆虫やいろいろな生き物がいた。それが、あるとき休耕田になったかとおもうと、都市化によってたちまち見る影もなく荒れ果ててしまった。

 生き物たちを呼び戻したい。

 トンボ公園ができないだろうか。

 田んぼを地主に借してもらおう。

 同じバスに乗って駅にむかう通勤仲間と意気投合し、よし、やろう、と立ち上がったのは平成六年一二月だった。

 呼びかけに応じて集まってくれた人たちをいれて、生い茂った雑草やアシの中のごみの片づけからはじまった。生ごみ、廃材、鉄くず、家電製品、ガラスや茶わんのかけら…古タイヤにいたっては100本以上も出てきた。

 「これが小判ならなあ」

 とため息をつきながら片づけた。ごみはトラック二台分あった。ぜんぶ取り除くのに二か月かかった。

 続いて取りかかった池掘り作業は遅々として進まなかった。仲間は五〇人ほどになっていたが、ほとんどがサラリーマンで、会費は出せてもスコップや鉄を握るのが初めてという人が少なくない。

 「そんな手つきじゃだめだな」

 みるにみかねた工務店の社長さんはなんとパワーショベルを出動させてくれたのである。大小ふたつ池はほとんど出来上がっていった。

 その年の初夏。

 完成して水も溜まった池にさっそくトンボがやってきた。ギンヤンマとシオカラトンボだった。コサギもやってきた。みんな実り豊かな田んぼの時代をちゃんと覚えていて里帰りしてきたようだった。

 去年の七月二日の早朝には1200頭以上のアキアカネが羽化した。隣の休耕田と小学校の校庭のものまでいれると、ざっと4000頭はいただろう。

 八時すぎ、ツバメの親子五羽があらわれた。ぎこちなく飛んでいるアキアカネをつかまえると電線にとまって食べはじめた。やった! 生態系が回復している!

 ことしは真っ赤なショウジョウトンボと金緑色も鮮やかなハグロトンボが確認できた。やってくるトンボはいまぜんぶで16種になる。荒れ地のときは4種だけだったから公園は上出来といっていいだろう。

 近くの見沼代用水路から採ってきたモツゴ、ツチフキ、ゼニタナゴ、メダカといった小魚を池に放した。密かに期することがあったからである。コサギに食べさせるものとみんなは思っていたようだが、大学生の森君は私の考えを察したらしい。一緒に、池の中に二本の杭は立ててくれた。

 九月末の作業の日。

 たくさんのアキアカネに見守られるように草刈りをしていると、笛を吹くような鳥の声がした。

 チー、チー

 やわらかな心地よい声だ。

 待てよ、あいつかな。まさかそんなはずはない。期するものがあったといっても、じつは本当にはしていなかった。いまのは空耳だろう。なおも草刈りを続けていると、こんどははっきりと、

 チーッ、チーッ

 という鋭い声が耳に入った。

 カワセミだ! カワセミが飛ぶときの独特の鳴き声である。

 目を向けると、カワセミがコバルトブルーの羽毛を宝石のようにきらきら輝かせながら池のまんなかでホバリングしていた。

 魚にねらいをつけたらしく、一気に水中にとび込んでいった。出てきたときには、嘴にモツゴをくわえていた。一瞬の早業だった。杭にとまってモツゴを食べるカワセミを見ながら、森君がつぶやいた。

 「とうとう来てくれましたね」

 私は年がいもなくじいんと胸が熱くなってしまった。

 警戒心の強いカワセミが家と車に囲まれた狭い人工池に来るわけがない。むだなこと、といわれながらもあれこれ手をかけて待っていた。

 杭もそのためだった。樹木の枝がわりにしてほしいのだ。

 最後の手段として、私はみんなの猛反対を押し切り三分の一にあたる奧の部分を「立入禁止」にした。カワセミにかぎらず、訪れてくるであろう野鳥のプライバシーをあの悪名高いパパラッチと一部の心ない見学者から守るためだ。

 これがうまくいったらしい。人間が入ってこないことが分かるとさまざまな野鳥が少しずつ来るようになった。カワセミもそれにつられて来たに違いない。空飛ぶ宝石、カワセミ! 

 この辺ではかつてはトンボだけでも30種が確認されている。それを思うと当時に戻すのは容易ではないが、一つずつ積み上げていくほかはあるまい。でも、すごい速さで破戒されつつある地球環境を同じ速さで回復させるにはどうしたらいいのだろう。