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死者はすでにいない ――映画「夜と霧」を見て
おそらくは私一人の感想かもしれないが、数年前、このフィルムが初めて公開された当時と今とでは、映像を受けとめる側の姿勢に、あきらかなずれがある。
当時は、加害と責任の所在がきわめて単純で明快であり、ひとびとは安心してSSと呼ばれる殺人集団を名指せばよかった。そして、これらのすさまじい殺戮と悲惨からひき出しうる教訓は、このうえもなく明確であるように思われた。ナチまたはSSを告発することによって、ひとびとは安堵して被害と正義の側に立つことができた。
今日、もはや一切は明確ではない。責任の所在と加害者のイメージは急速に拡散し、風化しつつある。というよりは、アウシュビッツそのものの輪郭がぼやけ、内容は空洞と化しつつある。かつてこれらの悲惨からひき出しえたと思われた教訓は、もはやなにものも保障しない。というよりは、極限状況そのものが一切の教訓から自由であるという事実に、私たちはようやく気づきはじめたのではないか。
というのであれば、私たちは状況の拡散のなかで、ようやく真実に近づきはじめたというべきではないのか。ひと握りの戦争犯罪人を処刑して、歴史の均衡をささえなおしたと思うほど、今日私たちは素朴ではない。「責任者はだれなのか」とナレーターがつぶやくとき、私たちはようやく、ものごとの深みへ到る途をたどりはじめたといえるだろう。輪郭が不鮮明となるとき、私たちははじめて真実の一端にたどりつく、ということが、これらの悲惨からひき出しうる唯一の教訓である。これらの悲惨の真の責任者はだれか、それは人間そのものである。そのことにおいて、私たちに救いはない。だがこれは結論ではない。問題の出発である。
いま私にできることは、沈黙することでしかないのか。しょせんこれは〈情報〉である。人は情報によって告発することはできない。告発をゆるされるのは、その現場にはだしで立った者だけである。ましていま、スクリーンを前にして私がすわっている場所は、映像が消え去ったのちも、しばらくはその姿勢ですわりつづけることのできる安堵の座席ではないか。告発されなければならないのはその座席である。だれが告発するのか。死者。アウシュビッツの死者である。
いまは、ようやく死者が、生者を告発するときである。生きのびた者が、生きのびたという事実のほんとうの意味を理解もせず、生者が生者を告発し、死罪を宣告することによってわずかにつぐないを果たしえたと思った時代は終った。いまは、生者が最終的に死者に告発されるときである。そしてそののちは、おそらく生者の時代でも、死者の時代でもないだろう。膨大な死者の重量が、生者を圧倒して終るのだ。正義はそのとき確立される。もはや誰のものでもない正義が。
生きている。生きのびて生きているということは、私には重い事実である。不用意に私はその事実からたち去ることはできない。死者の側に移るには、いましばらく時をまたねばならぬ。もしこの世で、仮にも神聖と呼びうるものがあるなら、それは死者の最初の領域なのだ。たとえば、アウシュビッツの収容所を二重にとりまく有刺鉄線がかこみとる矩形の中空空間。その空間は、かつては内側からの脱出を断念するための象徴的な空間であったかもしれない。だがいまは、生者のあつかましい侵入を断固としてはねかえす障壁である。
だが、もうひとつ考える。死者はその向こうでなにをしているのか。告発していると思うのは、あくまでも生きているものの予定恐怖である。存在していると、たしかに思っていたはずの死者の臥所が、すでにもぬけのからであったということにはならないのか。生者はその死にさいして、さいごまで生者としてとりのこされるのではないか。死につつ生きのこるのではないか。このときを境として、他界はまさに他界となるのではないか。他界へ通うひとすじの途は断たれるのではないか。永劫に生霊として、浮かばれぬ淵をさまようのではないか。ある年のある日に、生者と死者の分離は終ったのではないか。
私は生きる側にのこる。のこらざるをえない。そしてこの、のこらざるをえないという事実から、どれほどの労苦がはじまるだろう。生きるということは、たとえば朝起きて、通勤の電車を待つことである。私たちがもし、死ぬことができないなら、それは永劫につづく。つづかざるをえない。私たちはようやく、ものごとには終りがあるという思想のあやまりに気づきはじめたのではないか。なにひとつ終るものはない。「こののち、時はのぶることなし」という終末の宣告とはうらはらに、「終ろうにも終れない」という思想を、私たちは一挙にかかえこんでしまったのではないか。それが、終末のほんとうの意味なのではないか。
生きのびて生きているということは、私には大へんおもたい事実である。この事実には、おそらく解決というものはない。私には、ただそれを担いつづけるという行為があるだけだ。私がこの席へたどりついたのは、シベリヤからである。アウシュビッツは、私の関知しない遠さである。私は、経験の類似によって、特定の座席へ一括されることを拒む。私がかろうじて脱出しえたものこそ、この一括された座席であったからである。
試写が終って、外へ出た私を最初におどろかせたのは、戸外の異様なまでの明るさであった。私にはすべての風景が、一瞬まっ白に見えた。モノクロームから瞬間、黒だけがぬき去られたような風景のなかを、私は呆然とあるきつづけた。
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