【<断想>テト】 小倉貞男(都留文科大学教授・インドシナ近現代史)

 

 ヴェトナムの正月は旧暦で、テト(春節)とよばれ、今年は1月28日だった。

 ふだんは働き者で質素な生活をしているヴェトナムの人たちも、テトだけはゆっくり休んで目いっぱいぜいたくをする。なにしろ1週間は国の機能がストップしてしまうのである。

 テトの準備は暮れの12月から始まる。

 ハノイでは、旧市街の中心にある「三六街」がクリスマス商戦を終えるといっせいに正月用品の売り出しを始めていた。ここにはあらゆる専門店が集まっている。狭い歩道は買い出し客で歩けないほどの賑わいである。女性たちは晴れ着を丹念に探している。晴れ着は民族衣装のアオザイが一般的だが、洋装も増えてきた。オモチャ屋さんは品数がおどろくほど増えていた。オモチャを買うのはお父さんの役割である。

 南のサイゴンでは中心部に大花市が出ていた。中部高原のダラトで丹念に育てられた花が街路一杯に並ぶ。つぼみをいっぱいつけた桃の木が売れる。故郷に帰る人たちで長距離バスも超満員だ。バスの屋根を見ると、みやげの荷物が落ちこぼれそうになっている。

 テトは大晦日から始まる。

 ヴェトナムの家庭料理はふだんは野菜を主にしたもので、中国料理と違いあっさりした味つけは日本人にも好まれる。テトには肉、魚料理がどっさりとテーブルに並べられる。アルコールはビール、リキュールといろいろあるが、家庭ではきつい焼酎が出る。もち米から蒸留したもので品格がある。家庭料理といっても北と中部と南とでは違うのに気づく。それぞれが地域の特徴を主張している。南はどれをとっても大ぶりである。春巻きなどは南は北の二、三倍はあった。

 テトで欠かせないのは「バインチュン」である。日本のちまき(粽)に似たもので、四角い餅のなかに肉をベースにした詰め物を入れる。民話では、建国の帝王のフンヴン(雄王)が世継ぎを決める際おいしい料理を用意した者に王位を与えるとしたが、そのとき、ある王子の夢枕に立った老人がこのバインチュンの作り方を教え、そのおいしさにフンヴンも感嘆したという。ヴェトナムでは最もポピュラーな食べ物である。

 テトでは、町の人も農村の人たちも、だれもが祈りに行く。ヴェトナムには、行政単位の町や村とは別に「ラン」とよばれる伝統的な村落共同体組織がある。日本ではすでに失われた「むら」である。テトになると、帰郷した人は、村落の中心にあり村人の精神的支柱で祖先を祀ったディン(亭・集会所)に行き、正面奥に祀られた神や先賢の霊に祈りを捧げる。

 ランは長老がリードする社会で、テトになると、長老が集まって寄り合いを開く。むらでの相談事、もめごと、離婚調停などを話しあう。たとえ首相であっても二男であれば、テトで村へ帰ると長男の次の席へ座らなければならない。

 都会では現実的な祈りがある。仏寺へ行ってみると、美しいアオザイ姿の女性たちが幸せと幸運を祈っている。

 ヴェトナムが南北統一されたあと、南ではディンが閉鎖されるという事態が起こった。ハノイの共産党が南の精神的支柱を排除したのである。しかし、ドイモイ(刷新)が始まり、1990年代に入るとディンも復活した。各地でディンを改築したり、むらの祭りを復活させたりした。

 ヴェトナムは基本的には農村社会であり、むらが人々の生活の基礎となっている。テトはこうした「むら意識」をいつまでもつなぎ、それを大切にしなければならないことを自覚する機会でもある。だから、テトは、家族であるいは自分が属する「むら」で祝うことが大切である。「いえ」から離れる人はいない。どこの土地に住もうが、つねに「いえ」の構成員として生活していかなければならない。酒を飲みたらふく食べるテトは「いえ」を再確認するための大事なときなのである。