田辺:著書『カメハメハ』はハワイ諸島を征服。統一した王朝の初代の王・カメハメハの伝記小説ですが、取材や執筆を続けるほどに、ハワイヘの思い入れも深まったでしょうね。
小平:大相撲の武蔵丸が優勝したときは目頭が熱くなりました。兄弟よ、やったな!という感じです。もともとハワイアンに対して親近感がありました。ハワイ、つまりポリネシアの人たちも日本人も故郷は西アジアではないかという説にふれまして、すると遠い昔、私たち兄弟は東へ向かってきて、あ、お前は北へ行くのか、おれは東へ行く、といってどこかで別れたのかもしれないと。
田辺:そういえば、日本語の構造を基本的につくったオーストロネシア語の圏内にはポリネシアも入っていて、この語族のルーツは中国。雲南あたりだろう、という言語学者もいますね。作品では、日本とハワイが共有するものの一つとして揮(ふんどし)がとりあげられています。ハワイアンは、揮姿の日本のスポーツの相撲を欧米人とは別な次元でとらえている、という。
小平:揮はバワイの益荒男(ますらお)のシンボルですから、ハワイアンは相撲力士を雄々しくりりしい戦士の像としてとらえるわけです。欧米のなかには、揮は野蛮、パンツは文明という見方があって、相撲は野蛮なスポーツというイメージがつきまとっている。そこが違います。曙や武蔵丸が土俵に登場すると、真のポリネシア人の先祖と古い日本人の姿が私のなかで重なりあうわけです。
田辺:そういった共有感情とか親近感が著作の動機になった。
小平:動機の奥の奥に、大学生時代に新宿の歌声喫茶で聴いた歌謡曲の「イヨマンテの夜」があるかもしれません。アイヌの人たちのかつての熊祭りを主題にした歌ですが、音の響きと歌詞の世界にこころがふるえてしまいました。あの歌のなかの人たちは、大地に根ざして生きる人たち、夢多い人たち、幸を授かった神には大切なもの愛するものを捧げることのできる人たちです。少数の民、原住民...その延長線上に同じ少数の民、原住民であるポリネシア・ハワイアンがいた、彼らがみえてきた、といってもいいかもしれません。
田辺:直訳すると「多くの島」という意味のポリネシアの諸島のなかで、あえて、ハワイ、それもカメハメハなのはなぜですか。
小平:芝刈りや植木のバイトをしながらアメリカ留学をし、帰りは放浪同様になり、たまたま立ち寄って眺めたハワイの朝の景色の鮮やかさ、それが原風景になっています。カメハメハのほうは、栃木で教師になってから通勤のカーラジオで聴いた童謡めいた歌に触発されました。曲名も内容もこのカメハメハのことです。歌から徐々にふくれあがった大王のイメージが、それまで読み調べ感応してきたポリネシアの歴史と文化と詩情を取り込みながら、一気に創作意欲と結びついたわけです。
田辺:先生はアメリカの社会に埋もれた原住民族のインディアンを違った視点で書こうと思ったことがあり、その「違った視点」は、インディアンと似た立場のハワイアンを書くときに欠かさなかった。それは、作品の下巻の英国太平洋方面探検隊キャブテン・クックのとらえかたに集中的に表れています。
小平:ハワイアンの側から見れば、自分たちの神殿を破壊したクックを大冒険家として英雄として美化できるはずがありません。悪魔の権化です。
田辺:「違った視点」というのは、被支配側、少数者、弱者の立場で時代や世界を見直してみるということですね。
小平:マイノリティーの存在と復権をアビールさせたいと思います。
◆『カメハメハ』が書店に並んで二週間経った頃売れ行きを探るべく、関東近辺の書店を巡り様子を伺ってみた。だが、今のところあまり芳しい動きはないようだ。書籍には棚に置いてありさえすればそれなりに回転するものもある。だが、本書の場合は何かきっかけが欲しい。いや、きっかけさえあれば予想以上に読者をつかめるかもしれないと思う。何故なら、とにかく類書が見あたらないからだ。ハワイの歴史や文化をテーマにした出版物は数える程しかない。ハワイが位置する太平洋諸島についても同じである。これは日本人の同地域への関心の低さを反映していると言えようが、実は、貿易、援助額から見て同地域。での日本経済の存在は確実に大きくなりつつある。そんな今だからこそ、本書が、歴史や文化も合めた同地域への複眼的視点を提供する一助になることを念じてやまない。(白取芳樹)