六年前に二十三年間勤めた新聞社を退職し「地球・人間環境フォーラム」という地球環境問題の科学的調査研究、普及啓発活動をおこなう財団法人に転職した。
新聞社で不祥事を起こしたわけでもなく上司とケンカしてとび出したわけでもないが、終身雇用が一般的なこの国の社会では、妻子ある中年男が中途退社するには、それなりの理由を用意しないと周囲がなかなか納得してくれないものだ。
私の場合、あえて動機を探せば「当事者」になりたかった、ということかもしれない。新聞記者の仕事は、取材対象としてどれだけ多くの「当事者」に会うか、会えるか、つまりに当事者探しにかかっている。
それが記者家業のなによりの魅力であり、伝えることの意欲をかきたててくれる。しかし一方で、魅力的な「当事者」に出会って感動を受ければ受けるほど自分自身にもの足りなさを感じてしまうのも記者の宿命のように思う。
いつの頃からか私は「自分も当事者になれないだろうか」と考えるようになった。
そして、愚かなことに、私は環境NGOに身をおけば「当事者」になれるし、そこに自分の居場所があると考えたのである。しかし、結論からいえば、「当事者」になるということはそんなに生やさしいことではなく環境問題は生半可な姿勢で取り組めるテーマではないということだった。
私の働く財団の収入は三つの柱からなっている。一つは基本財産からの利子収入。ついで会費収入。そして三番目が事業収入。
わが財団の基本収入は現金ペースで約三億円。バブル崩壊前には定期預金の金利が七%台というときもあったが、いまは一%をきっている。財団法人の安定的な経営のためには基本財産の利子収入で人件費や管理費がまかなえることが理想だが、低金利のいま、年金生活者と同様の不安定な収入に泣かされることになる。
二つ目の会費収入は、約100の企業と個人から賛助会費と研究会費という名目で支援していただいている。欧米のNGOの多くが100万人、200万人という会員の会費で成り立っていることを思うと、日本の場合は環境活動を支援する個人や企業はまだ少数はといわざるをえないが、年々、理解が深まっていることも事実である。
残念ながら、この二つの収入では約20人いる職員の給料は払えない。財団法人といえども、民間企業となんら変わらない経営努力をしなければやっていけないのである。
事業収入を図るために飛びついた笑い話のような失敗談がある。
あるベンチャービジネスの社長さんが「海を再生さえ、ひいては人類の食糧を確保する画期的な技術を開発した。特許を財団に寄付する」というビッグな話を持ち込んできた。 日本や世界の海で「磯焼け」がおきている。磯から海草がなくなりウニやサザエ、魚の姿もなくたった荒涼とした海のことである。原因がわからず漁民泣かせの現象だが、社長のアイデアによれば一、二年で磯焼けが解決するという。
アイデアというのは、たとえばテトラポットのようなセメントの構築物に特殊なコーティングをすると、そこに海草が生え魚介類が集まり、豊かな海に戻るというのである。
その通りならたしかに画期的である。世界にひろまれば海が甦る一方でわが財団には巨万の富が転がこむなどと夢見てしまった。
しかし、「科学的調査研究」を活動方針にしている財団としては科学的データをもたなければ普及や宣伝はできない。ある研究機関に依頼して六か月にわたって調査をしたが、残念ながら納得のいくデータは得られなかった。やむなく特許は返上したが、安易に環境ビジネスに飛びついてはいけないと反省したのである。
やはり、財団の仕事は地味でもこつこつと積み上げることによって世に貢献できるものでなければいけない。
一例をあげれば、日本の南端の波照間島と北海道・根室の落石岬に国立環境研究所の大気汚染物質の観測ステーションがあるが、同研究所からの委託を受けてステーションの維持管理とデータの収集を財団でおこなっている。
地球温暖化の原因になる二酸化炭素の測定ではハワイ・マウナロア山のデータが有名だが、日本でも北と南の最果ての地でデータ収集が始まった。財団の仕事はあくまでも研究者のお手伝いではあるが、あるときは腰まである雪をかき分け、またあるときは灼熱の太陽の下で精確なデータを収集するため汗を流している。
地球温暖化は二十一世紀になって人類が直面する最大の危機になるだろう。
しかし、不幸なことに、人類の危機意識は低くその原因である科学的情報は決定的に不足している。科学という共通の言語で地球環境の実態を知ることが急務だが、そうした仕事の一端に係われるのは財団の一つだと考えている。
さて、私の仕事はといえば、『グローバルネット』という月刊の機関誌の仕事だったり、国際環境自治体協議会(ICLEI=本部・カナダ)という環境自治体のための国際組織の日本事務所事務局長だったりと、およそ「当事者」などにはなりきれない多重人格の「ながら仕事」に追われている。
しかし、その間、新しい環境の世界の当事者を数多く知ることになった。
その一人は神奈川県知事の岡崎洋氏である。環境立県をめざす岡崎知事は就任早々新しい環境思施策を次々と打ち出しているが、私が拍手喝采したのは「水源の森林(もり)っづくり」というプロジェクトだ。森林を守るための経費の一部を県営水道の料金に一%上乗せし広範な受益者の負担によってまかなおう、という発想に何よりも感激した。
環境はタダではないという当たり前のことがやっと具体的な施策として実現したのである。二十一世紀の環境行政にとって欠かせない哲学である。
ところが、この施策は県民一般からはかならずしも好評ではないらしい。岡崎知事はよく「行くに径(こみち)由らず」(真正面から取り組むこと)といわれるが、当事者になることは批判にも動じず信ずるところを進む覚悟が求められる。
私の当事者探しは相変わらず続いている。しかし、自ら当事者になる道はますます険しくなるばかりである。