やんばるの森
岡島成行(読売新聞解説部次長)
ハワイ大学のケネス・金城博士と沖縄のやんばる地域にあるアメリカ軍北部演習場に入ったのは昨年五月のことだった。
アメリカ大使館のロバート・クンツ氏の熱心な働きで、この演習場への取材許可を得ることができた。それまええ一般の日本人がほとんど足を踏み入れることはなかったため、多少のスクープ気分もあって、いろいろと下準備をすすめいていたところにクンツ氏が手助けしてくれたのだった。
金城博士と琉球大学の研究チームがアメリカ軍の要請でこの演習場の自然環境の調査を受け持ち、その調査団に同行するという形での取材許可だった。アメリカには、軍は軍の関係施設内の自然遺産を守り、調査研究する義務を負う、という法律があり、一九九一年にはその費用として初めて十万ドルの予算がついた。九二年には五十万ドルになり、その後も増加している。九三年にはフロリダの空軍基地での生態系維持プログラムは大統領自然保護賞を獲得している。この法律は世界中の軍の施設にも適用され、すでに九〇〇件、二五〇〇万エーカーの自然が研究、保護の対象となっている。たとえ軍隊といえども自然保護には協力しなければならない、というわけだ。
北部演習場近くの琉球大学実習教室で落ち合うことになっていたが、仕事の都合で夜遅く那覇から一人で彼ら一行の後を追う形となり、沖縄の南はずれの空港から北端までタクシーを飛ばした。ひと休みするとすぐ、ヤンバルクイナを見に行くことになり、四輪駆動車に乗り込んだ。
案内は地元の写真家、湊和雄さん。彼は東京の出身だが、昆虫の勉強をしたくて琉球大学に進み、そのまま沖縄に住み着いてしまった。なかなか気難しい鳥だと聞いていたし、見つけるのはそう簡単ではないと思ったが、もう何回もヤンバルクイナの撮影に成功しているだけあって、湊さんは自信たっぷりだ。左手でハンドルを握りしめながら、右手でサーチライトを照らす。森の中に一筋の光が通り、 生きもののように揺れながら動く。こうして走りながら森の中の枝にとまっているヤンバルクイナを見つけるという。一時間近く走り回り、そろそろあきらめようかと思い始めたところ、湊さんが「よしっ」と小さく叫んだ。いたらしい。
車を止めて、サーチライトを照らしながらきた道を歩いて引き返す。そして湊さんがゆっくりと森の中を照らす。「ほら、あのまっすぐ横に伸びた木の枝」と指をさす先をじっと見ると、何か赤いものがぼんやりと見える。双眼鏡を借りるとはっきりと見えた。赤い目と足が鮮やかだ。ああ、これがヤンバルクイナなのか、と思った。
あれは十五年kぐらい前だっただろうか。このヤンバルクイナの発見騒動があったが、その時、私もささやかな役回りを演じたのだ。ヤンバルクイナを初めて目にした時の記憶が急によみがえってきた。
当時私は社会部記者で環境庁担当だった。ある日、友人から電話があり、おきなわで新しい鳥が発見され、朝日新聞が記事にするらしいと教えてくれた。環境庁担当としてはスクープをもっていかれるわけで、これは放っておけない。必死になって取材に走った。半日ほどで、山階鳥類研究所が担当であることが分かった。そこで研究所に飛んで行き、責任者の黒田博士に直談判した。「新発見の鳥のことを聞きたい」と詰め寄ったのだが、さすがに黒田藩の殿様だけあって言うことが違う。「その話は朝日新聞に教えることになっている。約束だから破るわけにはいかない。朝日新聞に記事が載ったら教えてあげますよ」。それでは私の立場がない。少々腹が立ったが、朝日新聞が記事にするまでにはまだ時間がかかりそうだったのでその場はあきらめた。
ところが、家に帰ってある所に連絡すると、山階研究所では私が帰った後、大騒ぎとなり、朝日新聞に「読売がかぎつけてきた。早く記事にした方がいい」と連絡をとっている、という情報を教えてくれた。今度は山階研究所の山階秀麿所長に電話を入れた。しかし、彼ものらりくらりとして返事をしない。当方も詳しいことは分からないので、問いただすのもひと苦労だ。「新しい鳥が見つかったそうだが、それは何か」ということしか聞けない。やっとクイナの一種らしいということが分かったが、どのくらい珍しいのだろうか、大きさはどうなのか、色とか名前とか聞かなければならないことがたくさんあった。一時間ほどの押し問答の末、「名前は決まっていないが、オキナワクイナとなるかもしれない。大きさはニワトリぐらい。非常に大きな発見だ」といったことを教えてもらった。しかし、まだ研究の整理もあるので二、三日は待って欲しい、朝日新聞にもそう約束してある、と念を押された。
研究所に電話をかけ、補足取材を重ねるうちに、山階研究所から朝日新聞に「今夜中に書いた方がいい」と連絡をとっていることが分かり、私の腹もきまった。取材が終わるとすぐデスクに電話を入れ、分かる範囲で原稿を送った。
翌日、朝日新聞一面には一面トップで新種の鳥発見、ヤンバルクイナ、とでていた。こちらはオキナワクイナである。名前は見事に外れた。山階研究所は最後の所で朝日新聞に義理を果たしたのだった。
それから十五年、私は初めてヤンバルクイナと対面したのだった。ざわざわと揺れる森の奧に、ヤンバルクイナはじっと立っている。黒い森が積み重なって空に伸び、こちらにのしかかってくるようだ。ふいに、どこからか「ここはお前たちの来るところではない」という声が聞こえてくるような気がした。東京に帰って、一ページ使った特集記事がでると、環境庁が動き出した。国立公園として位置付ける考えだ。秋になると、岩垂寿喜男環境庁長官が現地視察を行い、国立公園構想を明確に打ち出した。そして、世界遺産として登録しようという動きに繋がった。
確かにあの森には精霊のようなものが住んでいるような気がする。人間どもの勝手な振る舞いはなるべく遠ざけたほうがいい。古くから森とともに生きてきた地元の人々がゆったりと生きていける形で、研究施設を設置したり、エコツアーを展開しながら、誰でも森の精気に触れられるようなルールを作り、それに従わなければ入山を認めないといった厳しい管理が必要だ。そうした努力を重ねてはじめて世界遺産にふさわしい森になるのではないか、と思う。
南シナ海と太平洋の間に浮かぶ島には神々が密かに隠しておいた生命の宝が詰まっている。ヤンバルクイナを見た時、はっきりそう感じた。そう思えるまでに私には十五年の歳月が必要だった。